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1月 13th, 2009

なんで、アレクサンダー・テクニークを学んでいるのか?

新年ということもあり、先日のグループレッスンで
「何でアレクサンダーテクニークを学んでいるんだろう」
と、みんなで考えてみました。
 

  • 私は、なんで、アレクサンダー・テクニークを学んでいるんだろう?
  • どういう風に、どういう態度でアレクサンダー・テクニークに関わりたいんだろう?

アレクサンダー・テクニークに出会ったときは、それらの理由は簡単に答えられたと思う。
それが、学ぶにつれ、アレクサンダー・テクニークが、新しい世界を見せてくれるたびに、
そのモチベーションやコミットメントの仕方が変化してくるように感じる。

生徒さんも、「腰痛はだいぶ良くなっているので、もっと自分の生活の仕方を見直したい」
と望みが変化することは普通にあるし、アレクサンダーの教師になりたいと思うようになる方もいる。
 
ということで、もう一度、「なんでアレクサンダーを学ぶのか」をクリアにしてもらったのですが、
そのシェアを聞いて、みんなすごいなあと、個人的にはすごくウキウキしました。

レッスンを受け始めた当初の自分、
レッスンを続けながら気づき始めた自分、
それによって拡大していく望みや、自分との関わり方・・・

普段、レッスンをしているだけではわからない、その人の今までの気づきの軌跡や、新たなビジョンをシェアしてもらい、単純にワクワクしました。

「なんで?」って聞いた回答が、
単に、「~だから」という理由だけや、
「~が問題だから」という問題意識にならずに、

「もともとは~だったから。そして今は~という事に気づいて、こんな風に良くなってきて、自分はこう変わった。今はこんな風にしたいと思っています」

と聞くと、すごく、パワフル。
一皮剥けた感じ。違う人になった様。
素敵だなと思った。

私は、なかなかこういうことを言葉にするのが苦手です。
言葉にできないからといって、理由がないという事ではなく、潜在意識下に理由があったりして、困ってしまうことがある。
方向性が定まらないし、混乱するし、やる気も起きないし、コミュニケーションとしても不明確になる。

「なんで」を聞かれることが不得意な私が、それでも「なんでアレクサンダーテクニークを学びたいのか」を聞いたのは、
私自身にとって、その質問が最近私を自由にしたからでもある。

それがクリアになったとき、世界に対する関わり方が以前よりハッキリしてきたように思うし、
どういう視点で、観察をすることが、私の望みと方向性への気づきをくれやすいのかとか、
私が安全を感じるために、必要なことは何かとか、
私は何を伝えようとしているのかとか
そういうことへの自分の立ち位置が、開けてきたように感じた。

先生が教えてくれた事や
こうあるべきだろう事や
望まれているだろう事

そういった立ち位置ではなく、『自分の立ち位置』がしっかりしていることは、
逆に、あらゆる視点に対して受容的になれる気がする。
自分のスタンスがわからないと、あらゆる視点に振り回されて、目が回り、エネルギーだけが吸い取られるというか。。
うん、これはとても経験がある。習慣的に陥り易い。。。

私は、安全に今を体験し続けるために、アレクサンダーテクニークが必要だと、今感じている。
今を、体験し続けるということを、より、したい。
今、を体験するということを、習慣的限界をもったものではなく、創造的なものにしたい。

そうすると、アレクサンダー・テクニークへの関わり方、興味の持ち方、ジャッジのあるなし・・
なんかが自然と決まってくるように感じています。

かといって、私はもう自分の立ち位置をしっかりしましたよ!とは言えず、
ああ!! ここらへんだぞ!
というのが見えてきた位なのですが、それでもずっと自由に快適になった気がしてます。