Archive for 10月, 2010

10月 28th, 2010

実験

ハンズオンをしているときの、私の思考について、あたらしいやり方を試してみた。
ハンズオンとは、教師が生徒に触れながらレッスンをすることです。

実習レッスンの段階にいるトレイニーのKさんに試させてもらったんだけど、
自分の思考は、ちゃんと相手に伝わってしまうなっていうことを、実感をもって、再確認した。

試してみた思考は、
「あなたがどうであるかは、あなたのご自由で、私には関係ないよ、ご自由にどうぞ」って
思いながら、ハンズオンしてみること。

そんな態度でハンズオンすることは、私にとって異質だし、ドライな感じ。
だって、「私とは関係ないよ」って思いながら、相手に触れるわけだから・・・一緒にいるのに、突き放すって・・・??

でも、もしかしたら「ええ!? そのほうがいいの??」ってこともあるかもしれない・・・。
自分で良かれとと思っていることが、相手のためになっていないことだってあるかもしれない・・・。
もし、そんな思考とともに相手と関わると、何が起こるんだろう?

そういう疑問から出てきた実験です。

Kさんには、私が何を考えているか言わずに、ハンズオンを行いました。

もし、私がそんなにドライで、放任的であったら、逆に相手は自主性が増したりするんだろうか?
自由になれたりするんだろうか?

Kさんからのフィードバックは
「いつものやり方だとディレクション(身体が開放されていく方向性)が伝わって来るんだけど、このやり方だとなにも来ない。何したいの?って感じ。でも、こっちの方が、介入されない感じはあるよ。」
というものだった。

まさにーー!!
私の思考は 「あなたのご自由に。私には無関係。」
  ↓
Kさんの体験は 「メッセージとしての方向性はなにもない。(本人任せ)介入されない。」

Kさんの体験は、まさに私のメッセージ。
私はそのメッセージによってKさんは自由になれたりするんだろうか?とか思ったけど、
結果は、何も起きない。
ハンズオンをして手を触れているけれど、なんの関わりもなく、逆に「何したいの?」っていう感想。

思考は、身体を通してちゃんと伝わるのだな・・・。あらためて実感。

いくら、介入されないという安全があったとしても、
私からのメッセージが相手にないばかりに、
相手から「何??」って思われてしまっては、「レッスン」ではないもんなー。
何の体験もなく、何の学びもないのなら。
これは、いただけないなー。

こんな実験をして、何がおもしろいかって、たんにハンズオン・ワークとしての探求なのではなくて、
私にとっては、こういった事を通して、人と人との関わりを探求しているような気がするのです。

私がこういうスタンスだと、あなたはこう反応するのね、という様な。

なので、これはいつも同じ答えがでるというような公式化されるものではなくて、あくまでKさんとの間で起こった結果なんだけど、他の人にも同じ事を試させてもらったら、やはり同じようなフィードバックだったので、私としては、「うん、このスタンスは、やっぱりナシだよな・・・」という結論です。

だれでも自分の関わりのある世界から、物事を眺めたり、世界を学んだりすることは多いと思うのですが、
私の場合は、アレクサンダーテクニークのレッスン・原理という世界から、価値観や世界の捉え方、人とのつながりかたを考察したり、学んでいるように思います。

だから、そういう意味で「探求」は奥深く、おもしろく、おわりがない。

まあ、今回の実験はすごく馬鹿っぽくもあるのだけど・・・、でも、私にとっては面白いのです。

10月 15th, 2010

変化へのフィーリング

昨日は、BODY CHANCEのディレクターズ・ミーティングでした。
メンバーは、校長のジェレミー、プロコースディレクター2人、オフィスマネージャー。

プロコースの来年度の運営について、入学手続きから入学後のサポートまで、フォローのシステムを話し合いました。

新しい運営システムでは、生徒さんのフォローがよりきめ細やかになり、サポート体制が今より強化されるように感じます。
新しいシステム案にワクワクするのですが、来年、私は産休真っ只中・・・。
新システムに参加できないことは、とても寂しいです。

それから、アレクサンダーテクニークの実習レッスンに入っている生徒さんとのミーティングも、昨日・一昨日と立て続けにありました。
ディレクターは実習生・生徒さん双方からのレポートを読み、実習生とレッスンについてのフィードバックや質問についてお話をするのです。

彼らは実習生であり、まだ先生ではないのだけど、
同じようにアレクサンダーテクニークを長く学んできた仲間として、
レッスンのアイデアや生徒さんとの関わりかたなど、意見を交換できることはとても有意義だし、私にとっても勉強にもなります。

でも、来年からは、産休・・・。

昨日は、「産休」とは私にとって、いままでの楽しみを手放すことでもあるのだと、ひしひしと実感させられる日でした。
もちろん、何かを手放すことで、新しいものがやってくるすばらしさがあることはわかっているのだけど、「何かを変えないで、何かを変えることは出来ない」という当たり前のことに、ずどんと重さを感じています。

変化とは時に違和感や恐怖感、不安、悲しみなどのフィーリングを伴う。
だけれども、望み・信頼感・変化への熱望・適切な情報がそれをカバーしてくれる。
そういうことを、アレクサンダーテクニークで体験的に学んできたと思っています。
でも、学ぶことができたことと、変化することへの抵抗や恐怖がゼロになることはイコールではない。
じゃあアレクサンダーテクニークによって何がもたらされたかというと、プロセスを進めるための体験的な知恵や信頼のツールをもらうことが出来たという感じかな。

今は、変化のプロセスにおいて、古いものを手放して、新しいものを受け入れようとする、そんな段階にいます。
パターンに固執せず、今おきていることを体験し受け入れ、変化の波にのり、そして新しい方向性を自分自身に与えること・・・それが今の課題みたいです。