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4月 1st, 2012

家事でアレクサンダーテクニーク。プロセスの大切さ

ここ一年ほど、アレクサンダーテクニークのレッスン活動やレッスンを受けることをお休みしていたのですが、なんと、産休・育休をとる以前よりも自分の心身のバランスをとることがうまくいっているという実感があり、そのことをシェアしたいなと思いました。

レッスンをお休みしている間の「過ごし方」が、私のアレクサンダーテクニック「自分の使い方」を成長させてくれたようです。

私の過ごし方といえば、毎日、子供の世話と家事。

自分のための時間というものはほとんどなく、
「○○がしたい」ということは、ほとんど出来ず、
普通ならくつろぐための食事も寝ることもお風呂も、子供の”ついで”。
母親にはありがちなパターンだと思います。

当然、ストレスだったり、疲れだったり、開放を求める気持ちが出てくるわけですが、
それが、一人の時間をゆっくり過ごす・・という、「今までのやり方」で発散するのは難しくて、
なんと、知らず知らず「家事をしながら」自分のバランスをとるということをしていたのだと、最近気づきました。

面倒・焦りの気持ちでが、自分をさらに大変にさせる

今日、友人に
「私、お茶碗を一個一個洗ったり、洗濯物を干したりたたんだりできるようになったんだよ。すごいことだと思う!」
と、言ったら、
「はあ??」と。 その反応、わかります。ちょっと自分が情けない。

「子供を産む前はね、ひとつひとつ小さなことをするのが苦手だったの。

洗濯物を干すのもね、あのたくさんぶら下がった洗濯ばさみをみると、これを一個一個とめなければならないんだ、とか、
これを一個一個はずすんだ、とか、
この洗濯物の山を、一枚一枚たたまなければならないんだ、とか、すごくプレッシャーだったの。
もう、その洗濯物の山とか、洗濯ばさみを見ただけで!
しかも子供がいたら、途中で邪魔されたりするしね。

脳内では、洗濯物を干し終わる、というミッションの”完了形”があるのに、現実は、この小さな一個一個をしなくてはならないでしょう??
そんなチマチマしたプロセスを通過しなくてはいけないなんて、なんて大変!!っていう気分。

で、当然、食器洗いも一個一個洗うなんて大変だという思いがあるから食洗機があるんだけど、その食洗機に、一個一個食器を入れるのが、私にとっては大変だったの!」

友人からは「どんだけダメなんだよ」といわれました。

ほんとに私はエンドゲイニング(目的達成に眼が行き過ぎる状況)が強いんですよね。
目的は「洗濯物をたたみ終えて、しまう」だったら、もうすぐその目的地の「しまう」を求めてしまう
でも、「しまう」に行くまでには、プロセスがある。
で、いままでは「しまう」までのプロセスを、「早くやっちゃおう!!」という焦りの意識とか「テレビ見ながらやろう!!」と、つまらなさから逃れようとして、行為に対する意識が雑だったりとか・・・そんな感じだったと思うんです。
家事全般に対して。

これは、習慣なので、生活の様々なところで同様のパターンが出てくるのですけど、このパターンでやっていると、どうしても疲れてしまう。
心身ともに。だって、一日中焦っていたり「やだな~面倒だな~」って、重い気分になってしまう。

疲労・ストレスの解決法として、無意識にはじめたアレクサンダーテクニーク

けれど、育児疲れ・家事疲れがマックスになるにしたがって(だからといって、自分の時間ももてないし)こういう時間の「小さなひとつひとつ」で休息をとることを自然にはじめたようです。

だんだん、洗濯物を干す時間・たたむ時間・食器を洗う時間・掃除をする時間、
そういう時間が私にとって「開放の時間」になるようになってきました。

「あれ、私、昔と違う」と、気づいたのは「自分の身体の使い方」が違うからです。

家事をしているときに「モンキー」や「ランジ」というバランスの態勢の中に自然に身をゆだねていることや、
地に足がついて、身体が広がりながら深い呼吸で食器を洗っていること、
動作のひとつひとつが丁寧で、ものを扱う「音」が静かになったり、物に触れる圧力が必要な分量に自然に調節されていること、
身体の緊張が少なく、意識もちょうどよく集中しているので、作業が流れるように進んでいくこと、
思考が「現在」でくつろいでいで、以前のように「作業を終えた私」を目指すのではなく、「今作業をしている私」に居続けることが出来ていること・・・

作業の時間が、とても、気持ちいいんです。
心も身体も、行為の中でバランスを取っている。
大地に足を根ざして、身体を空間に開放して、空気を自然に任せてゆったりと身体の中に循環させて作業を行う。
まさに、アレクサンダーテクニークのレッスンの中で家事をしている状況なんだと思います。

以前は、家事をしながらアレクサンダーテクニークを使うとき、「あ!そうだ、モンキーを使おう」とか、「広く長く」とか、意識的にやっていたんです。
それが、「無意識に」その状態に入っているというのが、なんだか私にとっては大きな成果でした。

生徒さんにレッスンを行うときに「アレクサンダーテクニークを使って自分を大切にする」のは、アレクサンダー教師にとっては大前提の基礎です。
それをしないと「レッスンができない」から。
だから、レッスンをするときは、無意識に自分の心身のあり方が切り替わります。

今、家事をするときに、無意識に自分の心身の使い方を変えていたという状況に気づいて、
私の中で家事がレッスンと同じくらい「大切に扱うもの・大事な時間」になってきたことが、とてもうれしく思います。
ふつうのことを、ふつうに大事にできること、それが、以前は出来なかったことのように思うので。

これが、育児休業中に、私がトレーニングできたことなのだなと思います。
(そういえば、お寺とかで、お坊さんが掃除を修行として行っていますよね。
なんか、そういうのも、似たものがあるのかな。)

家事ワークの結果・副産物

先日、生徒さんにベッドで寝ていただきながら触れてレッスンする「ライダウンワーク」をしていたとき、
以前は苦手だった体勢に自然にスッと入れたことや
自分自身の方向性が以前よりもラクに明確になっていたこと、
方向性の中で広がっていくダイナミズムをくつろぎながら体験し、同時に生徒さんと自分に対する「結果への期待感」からも開放され、
育児休業に入る以前よりも、アレクサンダーテクニークのレッスンを快適に行うことができました。

これは、「家事ワークのおかげだな」と思いました。

・以前の習慣を使わない(インヒビション)
・理論だった、建設的な新しい使い方を選ぶ(ディレクション)
・結果にいたるまでのプロセスを大事にする(ミーンズウェアバイ)

これは、アレクサンダーテクニークの原理です。
今回、私に起きたことは、無意識ながらミーンズウェアバイにフォーカスすることが、同時にディレクションとインヒビションをもたらしてくれましたように思います。
これらは、分けることは出来ないんですね。
原理として、分けて考えることはできるけれど、それが実際に起きるときは、すべてがうまく起こっているはずです。

そして、そんな状況で行われた作業結果は、以前とはまるきり違う見違えるものでもありました。
以前はやっつけ作業だったのが、きれいに干していたり、たためたり、引き出しの中が整理整頓されていたり、ステンレスのお鍋が依然よりきれいになっていたり!
それらは、目標として行ったというより、結果としてそうなった、というところが以前と違います。
(以前は、それをやろうとして、ストレスを感じ、そして出来が悪い(^^;)という。)

今は結果としてそうなり、そしてそれを見てまたすこし幸福になる、という、よい循環がうまれ始めました。
きちんとした方にはかないませんが、私の中では、前よりずっといいです!

ラクして「早く終わらせたい!」と思ったときは、これを何度も思い出したいです。
「ひとつひとつ大事にしようと思えば、全体のプロセスも結果も、心身ともにラクなものになるよ」と。