Archive for 5月, 2014

5月 15th, 2014

レッスンメモ ルシア・ウォーカー(3)

ルシアが言っていた、大事なこと。

「いろんなマスター・ティーチャーのレッスンを受けていると、
『そんなアイデアどこから出てきたの??』というような、すばらしいアドバイスがあって、『忘れないようにしなくちゃ!』と、一生懸命ノートにとったりしたりします。」

「でも、大事なのは、先生が何を指示したかとか、どんなアイデアでうまくいったかではなくて、どのように習慣が抑制されたかなんです。」

ルシアの言っていること、すごくわかるな。
先生の「こうしてみたら」とか「こう考えてみたら」っていうアドバイスは、
ほんとにすばらしいことが多くて「おお!!そのアドバイスすごい!!」と、
そのアドバイス自体を大事にしなくてはと思うことがよくある。

で、「そのアドバイス」=「アレクサンダーテクニーク」だと思ってしまう人もいる。
でもそうじゃないことは、とても多い。

F.M.アレクサンダーは「このテクニークは、”習慣の抑制”に基づいている」と、言っている。

うまくいかない大きな原因は
「やりすぎ」
「過度の緊張」
「目的にとらわれすぎて近視的になっている」
などなど…習慣的なやり方。

だから、このワークでは一番初めに
1.習慣的に反応するのをやめましょう
というのがあって、

そして
2.習慣を抑えつつ、建設的なステップを始めましょう
とくる。

どうしても人って「こうしたらうまくいった!」の「こうしたら」に注目してしまう。
「こうしたら」「しないですんだこと」があって、アレクサンダーテクニークでは、むしろそっちが重要なんですよね。

「こうしたらいいんだ!」のハウツーだけでなく、
習慣を抑えることによって、うまくいく…ということ、
そのための練習をしているんだということ、大事にしたいと思います。

5月 13th, 2014

レッスンメモ ルシア・ウォーカー(2)

身体のバランス、ということについて、ルシアがとても良いレッスンをしてくれた。

ヨガやダンス、いろいろなアクティビティーのレッスンで、
「バランスがうまくとれない」というテーマでレッスンをする方はたくさんいる。

バランスっていうのは、「動くこと」だと、ルシアは言った。

参加者の1人が「ダンスの時、足(フット)が安定せずバランスがとりづらい」といい、バランスを探究するワークとして、みんなで片足立ちになって見たり、大きくステップを踏んでみたり、バランスが危うい動きを踊るように遊んだ。
「足で床をつかまないで、床のその先にもまだ足が進んでいけるかのように…」

いろんな片足立ちをためして、バランスを楽しむのは面白かった。

「もし、足がこんなふうになると、からだは頭よりも先に何をすべきか分かって、バランスを勝手にとってくれますね。バランスっていうのは、動くことなのです」

なるほどなるほど…とおもいつつも、すっきり腑に落ちない部分も…。
もっと静かな安定感のある、バランスの場合は?

「でも、ダンスをしたりするときは、ダイナミックに足を上げたり、たくさん筋肉のトーンを使います。足の関節を固めたり。」

うんうん。

「でも、足を上げたその筋肉のトーンのまま、地に足をつけて立とうとすると、あしが固まっていて、バランスをとるという仕事をしてくれなくなります。」

!!

「だから、足をおろして、床にあしが付くときには、そのトーンを解放してあげることが必要です」

あーー!そうかいうことかーー!

そうやって、足を大きく振り上げてから、大きな歩幅でまた床に足がついていく姿は、本当にきれいだった。

足の関節が自由で、床に合わせて足の甲や指がしなやかに着地していて、
バランスをとるための「用意の緊張」は何もなかった。

足を上げるための、足の仕事をし、
足を着地させるための、足の仕事をし、
バランスをとるための、足の仕事がなされる。

それぞれがダイナミックに連動していて、身体が安定し続けながら動いているその姿は、バランスのことなんかまるで気にしていないよう。

バランスは、からだ全体の仕事の、自然な結果のようだった。

ふらふらとバランスをとるのではなく、
しっかり安定したバランスだった。

それは、足の事だけではなく、ルシアが生徒さんの胴体に触れてサポートをしていたからだと思う。
だから、やっぱりバランスをとるうえで頭・胴体のバランス(プライマリー・コントロール)が要なのは大前提。
そこは、アレクサンダーテクニークの基本で外せない部分。

そのうえで、「動くことがバランス」だっていう、美しい実例を見せてもらった。
「動くことがバランス」っていうか「動けることがバランス」なんだろうな。

固めてしまうと、バランスをとることはできないですよ、と、ルシアはモップの柄を手の平の上に立てて、バランスをとる姿を見せてくれた。

バランスの学びかたはいろいろあると思うけれど、
とても素敵なレッスンでした。

5月 13th, 2014

レッスンメモ ルシア・ウォーカー(1)

昨日は日本に来日中のルシア・ウォーカー先生のレッスンをうけた。

久しぶりのルシアのレッスン、とてもよかった。
わすれないうちに、心に残ったことをメモしておきます。

レッスンの始め方として、まずルシアは参加者の興味を聞きました。
各自「○○について」と要望を述べていくと
「この材料を使って、どんなスープを作るか考える」と、たのしそうに言っていた。
この表現、好きだな。

私の知るアレクサンダーの先生の多くは、授業の内容はかっちり決めないで、当日の生徒さんの要望によって、レッスンの内容を組み立てていくスタイルの方が多い。
レッスンは本当に「みんなで材料をもちよって、今日は何が食べられるのかな?」っていう感じがする。
自分がレッスンをするときも、何を作ろう?っていう感じがする。

で、私を含め何人かは「ハンズオン・手を使うこと」という興味を出した。

ルシアは手を使うことについてのレッスンで、
2人組のパートナーになり、1人は目を閉じパートナーに触れ、もう一人は触れられながら自由に動くというワークを提供してくれた。

触れる側、触れられる側、両方が気づきを得ることができる面白さがあった。
私は、触れる側でいることの方が楽しかった。
目を閉じて相手の動きに合わせて、自分も自然と動くというのは、自分と相手に対し感覚が繊細になっていくのと同時に、自分の使い方を面倒見続けるという意識を保つよい刺激になった。

もし自分の使い方が悪ければ、相手の動きについていくことが大変になるし、相手の動きの邪魔をしてしまいそうに感じた。
そして、自分の使い方ばかりに気を取られていては、相手の動きについていけないし、触れていることによって得られるたくさんの情報も減ってしまいそうだった。

このワークを終え眼をあけると、身体はとても目覚めているのに、脳が静かな新鮮な静けさがあった。
瞑想から出てきたような。
とても強烈な体験だった。

ルシアは、レッスンにおいて手の使い方についてはいろいろとあるけれど、自分が最も大事にしているのは、何もしないで触れるということだと繰り返し言っていた。
正確な言い回しはわすれてしまったけれど…。

これは、トレーニングコースでも教わるし、どの先生もよく言うけれど、
今回のルシアの説明は「私が選んでいる、私にとって、もっともだいじなこと」のような「彼女の心、彼女の選択」という感じがした。
…いや、どの先生も、そうだけど。

なんか、ルシアのレッスンは、「私は…」という言い方が多くてとてもよかったのです。こちらの選択肢をちゃんと残しておいてくれる感じとか、やり方を教えようとしている感じがしなくて。

うん、技術とか基本って、きっと学び続け使い続けるうちに「教わったこと・やり方」ではなく「自分の選択」というようなものになっていくのだな…。

私はこのレッスンの前の時間は、トレーニングコースで「観察」についての授業をしていたんだけど、その授業での要点は
「観察は、観察しようとするのではない。
まず、第一には、習慣を抑制をすること。
抑制が行われれば、ギフトのように情報がやってくる」
ということが主軸だった(つもり)。

ルシアのこのレッスンでも、「何もしない」「自分の面倒をみながら一緒にいるだけ」「やってくる情報を楽しむ」といった質が、とてもこのレッスンと関連づいていて、これからレッスンをする時に、もっと「何もしない」ということを大事にしたいと思った。
やっぱり、私は、いろいろしすぎだ……。

まだメモは続きます。とりあえず、ここで一区切り。