Archive for ‘フリートーク’

5月 13th, 2014

レッスンメモ ルシア・ウォーカー(1)

昨日は日本に来日中のルシア・ウォーカー先生のレッスンをうけた。

久しぶりのルシアのレッスン、とてもよかった。
わすれないうちに、心に残ったことをメモしておきます。

レッスンの始め方として、まずルシアは参加者の興味を聞きました。
各自「○○について」と要望を述べていくと
「この材料を使って、どんなスープを作るか考える」と、たのしそうに言っていた。
この表現、好きだな。

私の知るアレクサンダーの先生の多くは、授業の内容はかっちり決めないで、当日の生徒さんの要望によって、レッスンの内容を組み立てていくスタイルの方が多い。
レッスンは本当に「みんなで材料をもちよって、今日は何が食べられるのかな?」っていう感じがする。
自分がレッスンをするときも、何を作ろう?っていう感じがする。

で、私を含め何人かは「ハンズオン・手を使うこと」という興味を出した。

ルシアは手を使うことについてのレッスンで、
2人組のパートナーになり、1人は目を閉じパートナーに触れ、もう一人は触れられながら自由に動くというワークを提供してくれた。

触れる側、触れられる側、両方が気づきを得ることができる面白さがあった。
私は、触れる側でいることの方が楽しかった。
目を閉じて相手の動きに合わせて、自分も自然と動くというのは、自分と相手に対し感覚が繊細になっていくのと同時に、自分の使い方を面倒見続けるという意識を保つよい刺激になった。

もし自分の使い方が悪ければ、相手の動きについていくことが大変になるし、相手の動きの邪魔をしてしまいそうに感じた。
そして、自分の使い方ばかりに気を取られていては、相手の動きについていけないし、触れていることによって得られるたくさんの情報も減ってしまいそうだった。

このワークを終え眼をあけると、身体はとても目覚めているのに、脳が静かな新鮮な静けさがあった。
瞑想から出てきたような。
とても強烈な体験だった。

ルシアは、レッスンにおいて手の使い方についてはいろいろとあるけれど、自分が最も大事にしているのは、何もしないで触れるということだと繰り返し言っていた。
正確な言い回しはわすれてしまったけれど…。

これは、トレーニングコースでも教わるし、どの先生もよく言うけれど、
今回のルシアの説明は「私が選んでいる、私にとって、もっともだいじなこと」のような「彼女の心、彼女の選択」という感じがした。
…いや、どの先生も、そうだけど。

なんか、ルシアのレッスンは、「私は…」という言い方が多くてとてもよかったのです。こちらの選択肢をちゃんと残しておいてくれる感じとか、やり方を教えようとしている感じがしなくて。

うん、技術とか基本って、きっと学び続け使い続けるうちに「教わったこと・やり方」ではなく「自分の選択」というようなものになっていくのだな…。

私はこのレッスンの前の時間は、トレーニングコースで「観察」についての授業をしていたんだけど、その授業での要点は
「観察は、観察しようとするのではない。
まず、第一には、習慣を抑制をすること。
抑制が行われれば、ギフトのように情報がやってくる」
ということが主軸だった(つもり)。

ルシアのこのレッスンでも、「何もしない」「自分の面倒をみながら一緒にいるだけ」「やってくる情報を楽しむ」といった質が、とてもこのレッスンと関連づいていて、これからレッスンをする時に、もっと「何もしない」ということを大事にしたいと思った。
やっぱり、私は、いろいろしすぎだ……。

まだメモは続きます。とりあえず、ここで一区切り。

4月 30th, 2014

アレクサンダーテクニークの軸

身体・心、両方をひっくるめて、分けることができない「自分」
その「自分の使い方」を学ぶレッスンが、アレクサンダーテクニーク。

アレクサンダーテクニークのレッスンには様々な方が参加されます。
音楽家・俳優・治療家・武道家・介護士・営業マン・教師・プログラマー・エンジニア・OL・主婦・学生・子供…

職業的スキルアップを望む人
精神的緊張を緩和したい人
身体的苦痛を減らしたい人
趣味やスポーツの能力を向上させたい人
コミュニケーションを改善したい人
自分自身への理解を深めたい人
身体の構造に興味のある人

様々な望みや興味をもって、アレクサンダーテクニークのレッスンにいらっしゃいます。

そうなると、アレクサンダーテクニークが扱う分野って、どこからどこまでだろう??と、その範囲を広大に感じます。

自分個人についての改善だけではなく、自分個人の使い方が、社会、世界への影響力として発展していく可能性も見えてきます。

扱う範囲はとてつもなく広げることができそうですが、
何がアレクサンダーテクニークなのかという基礎となる部分には
「プライマリーコントロール」というものがあるので、アレクサンダーテクニークってなんだろう??と迷子になることはないように思います。(でも、昔はよく迷子になりました)

プライマリーコントロールというのは、首・頭・胴体…つまり人間の中心軸にあたる部分の使い方が、心身全体に影響を及ぼしているというシステムのことです。

頭・首・胴体をギュッと押しつぶすような姿勢でいれば、動きにくい……
身体が動きにくいだけではなくて、思考や感情なども動きにくくなるかもしれません。

頭・首・胴体が解放され、ちょうどよい緊張と弛緩でバランスがとれていれば、自分全体も機能的でいられる。

そういった、頭・首・胴体(体の中心)の関係性によって、心身を含めた自分全体の機能性に影響を及ぼす原理を、アレクサンダーはプライマリーコントロールとよびました。

なので、肩こりでも、膝の痛みでも、苛立ちでも、なんでもまずは
プライマリーコントロールをケアする……というのが、アレクサンダーテクニークです。
すごいシンプルですよね。

首・頭・胴体を中心とした軸の関係性をバランスの良いものにすれば、
心身全体の機能性があがる。
機能性がアップすれば、自分の能力を発揮しやすくなる。
使い方が悪いゆえに起こる機能不全、健康被害を防止できる。
部分的に膝を…腰を…心を…とケアするのではなく、自分全体のケアをして、自分全体の機能向上していこう…そういうアプローチです。

自分全体にアプローチをするので、
「右足をケアしたら、こんどは左足に負担がきた」など
部分的ケアをした結果、ほかの部分に支障をきたすということも、防げます。
背骨などの軸を大切に、身体の解放を大切に、というのは
接骨院や体操などにもあると思うのですが、
それらと大きく違うのは、アレクサンダーテクニークの場合、普段の活動のなかで自分をどう使うのかということを学んでいる点です。

普段の生活のなか、人生のなかで、
自分のプライマリーコントロールを、自分でケアする。
調和を持ちながら動き、考え、反応していくということを学んでいます。

よくよく考えれば、私たちは自分の心身の使い方を学校では習いません。
きょうつけ・背筋をまっすぐ・胸を張って・顎を引いてなど、姿勢に関することを指導されることはありますが、
それは自分全体の調和に基づいた指導ではなく、
あくまでも見かけ上「良さそう」だと考えられているものが多いです。

その教わった姿勢のために腰痛を起こしたり、呼吸の動きを阻害していらっしゃるかたもいます。(これも、部分的ケアのためにおこる弊害といってもよいかもしれないです)

アレクサンダーテクニークは、自分の使い方を、自分全体にとって機能的で健全である状態に改善してくれます。

それは、自分で、行います。
自分で、自分のプライマリーコントロールをケアできるようにレッスンを積んでいきます。

どんな職業の人も
どんな悩みであっても
アレクサンダーテクニークのアプローチは
「プライマリーコントロール」の在り方を改善することで
「自分の使い方」を改善するという基本原理があります。

それは、あらゆる問題に有効に働きかけてくれる、
とっても使い勝手のよいツールです。

どんな問題も「解決できる」とまではいえないかもしれません。
でも、どんな問題の「改善の基礎」としては役にたつことがあると思います。

4月 30th, 2014

からだとこころ 分けることはできない

前回の投稿ともつながりますが、
アレクサンダーが心身は分けられないと言っていること、つくづく本当だなあ…と感じます。

世の中には
「身体の」技術・トレーニング
「意識の」技術・トレーニング
など、わかれているものもありますが、だからといって、
身体だけ・意識だけでトレーニングができるわけではありません。

アレクサンダーは「身体が優勢」とか「精神が優勢」ということはできるかもしれないけれど、分けることは決してできないと、本で説明していたと思います。

アレクサンダーテクニークを
身体の使い方
意識の使い方
とわけずに
「自分の使い方」と呼ぶには、こうした背景があるからですが、もしかしたら「自分の使い方」とよんだって、「ああそれは自分の体の使い方だな」とか、「自分の心持ちのことね」とか、人によってイメージするものがあるかもしれません。

私はいま、この文章を作成するために、頭で考え、身体でタイプをしています。
文章を考えるというのは、意識の働きでしょうか、脳という身体の働きでしょうか。

深く考えるとわけがわからなくなります。
私というものを、意識と身体に分けて考えることは、とても難しいです。

とにかく…アレクサンダーは考えたり、何か行為をするということは、分けることのできない「心身活動」だと言っています。
そして、レッスンをしていくと、ほんとにそうだなあ!と実感し、
私自身を分けることもできないし、アレクサンダーテクニークを、身体の使い方・意識の使い方なんて分けることができないものだ!と体感します。

4月 30th, 2014

自分の持っているものを出しやすくするツール

アレクサンダーテクニークは、ツールだと、思っています。

「自分をどう使うのか」という基礎についてレシピ。

自分の中にあるパッションやイキイキさをブロックせずに流れさせてくれるために、とても役立つものです。

アレクサンダーテクニークそのものが、イキイキさをくれているのではなく、その人の内側にあるイキイキさを邪魔しないでいられるようにしてくれる「自分の使い方のレシピ」だと思うのです。

だから、アレクサンダーテクニークをやれば表現豊かになるとか、快活になるとかいうわけではないと私は思っています。

表現したいものや、快活さは、あくまでその人の内側にあるもの。

アレクサンダーテクニークによって、その人の持っているものを邪魔せずに使える…だけではないでしょうか。

(逆に、元気がないときだって、アレクサンダーテクニークによって、自身をサポートしながら元気のなさ・やる気がないことを体験することもできると思います。
ありありと不快感を実感して「きゃーー!」なんて時もあるけれど。)

アレクサンダーテクニークの原理についてクリアになること
自分の行為の目的や、プロセスについてクリアになること
行為の中でアレクサンダーテクニークを使うには両方が大切。

演奏・話す・踊る・介護する…など
具体的なことにアレクサンダーテクニークを使う練習をする
「アクティビティレッスン」では、
アレクサンダーの原理だけではなく、
望みや行為についても明確にしていくお手伝いをします。

具体的な行為において「自分を使う」ということについてワークをするとき、
そこを含めないわけにはいかないと感じます。

そこをやろうとしてるわけではないのだけど、
レッスンをしていると、「あなたはなにを望んでいるんですか?」
という原点に戻らざるを得ないことが多々あります。

そんなとき
「自分を使う」
ということと
「望み」
というものは、セットだなあ…と感じさせられます。

アレクサンダーテクニークの原理についてクリアになること
行為の目的やプロセスについてクリアになること

両方について、大事にしていきましょう。

4月 28th, 2014

早く終わらせたいと焦る気持ち

お休み前やお休み明けは、仕事がたくさんあったりして焦ることがよくある気がします。

今日も明日は休日ということで、事務仕事を早く片付けたいと心が焦っていました。

アレクサンダーテクニークの通信講座に提出された課題やエッセイを読もうとしたとき、この焦る気持ちは膨れ上がって、ちょっとした機能不全に陥りました。

まだ何も手を付けていないのに、「すべて読んだ!読み終わった!」という達成感を熱望して
「提出ありがとうございます!」とメールでお返事しているところまで想像し、すがすがしい気持ちを早く得たいと思っている。

気持ちだけが「完了地点」にいて、現実的にも「今すぐそうでありたい」と気持ちが焦って、提出物をゆっくり読む余裕が感じられないんです。

「だめだ!これじゃせっかくがんばって書いてくれた回答もエッセイも頭に入りそうにない!!」

まさに、アレクサンダーのいう「エンドゲイニング(目的を達成しようと突進するやり方)」という状態。

このエンドゲイニングは、あらゆる面で「うまくいかない」結果を招いてしまいます。

結果に向けて逸る気持ちに気づいたら「ちょっと、まって、やり方を変えないとね」と、自分に言ってあげられることが、アレクサンダーテクニークの力。

私の望みは「早く終わらせたい」ではない。
習慣的には、そう思っちゃうけれど、
本当の望みは「提出された課題を味わって読みたい」ということだ。

そうだ、そうだ。
だから、そこに時間との戦いを持ち込みたくない。

ちょっと落ち着けば、どこに向けて自分が走り出そうとしているのか、より明確になることもできるし、そのためのプロセスについて整理することも出来ますね。

時間のことは把握しつつも、この忙しない心は不要だ。
いまはただ、時間への意識を緩めて、やるべきことにじっくり取り組もう…。

早く終わらせたいと思っている時は、ひとつひとつの仕事は自分にとって「荷物」のにように感じられるけれど、ちょっと意識をかえるとそのような感覚はなくなって、それぞれの作業や仕事が興味深いものになっていき、なぜ「早く終わらせたい」と思っていたのかも不思議になるくらい、体感が変わった。

で、こんなブログを書こうとする余裕までうまれてきた。

時間を忘れるとか、時間を守らないというわけではないけれど、
時間に駆り立てられない、ということは仕事をする時に大事なことだと思う。

「早く終わらせたい」は、私のひとつの大きな習慣だけれど、そこから離れることが出来るたび「ああ、このほうが効率がいい、仕事の出来もいい、心身も快適」と実感する。

そういう実証が、焦ったときに「急ぎたいけど、いったんとまろう。やり方を変えよう」という思いに従いやすくなっていると思う。


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