グレッグレッスン後のヨガ

今日は、たてつづけて更新しています。

先ほどグレッグとのレッスンについて書いたのですが、
そのレッスンの翌日に、ヨガのレッスンに行きました。
それがとてもよかったので、一緒に書いておきたいのです。

私が通っているのは、渋谷にあるTYG。
ヨガを習いたいな・・・と思っても、どんな先生がよいかわからなかったり、
どこによい先生がいるのかわからなかったり、自分との相性もきになりますよね。

そんな感じで、ずっと「習い事」と疎遠になっていたのですが、
昨年から、ご縁があって、安心して学べる場所を見つけることができたのです。

で、ゆっくりゆっくり、スローペースでマイソールクラスに通っています。
私が教えていただいているのは、アシュタンガヨガといって、ヨガの中では、ハードな方だと思うのです(他のヨガがわからないので、そう思うとだけ)

で、いつもヨガの最中に「はー・・・苦しくなってきた・・・ふらふらしてきた・・・」
というのが一番に体験してしまうことだったのですが、グレッグとのレッスンの後、すごい違いがありました。

よく、ヨガに関する読み物の中では
「自分とつながる」とか「開放される」とか「静かな時間」とか書いてありまして、
それを読むたび
「うーーーん、私の中にはまだないものだなあ、いつかあのハードな動きの中で、そんな体験ができる日がくるのかなーー」
なんてうらやましく思っていたのです。

ヨガを終えた帰り道には、
スッキリした感じ、自分とすべてが一体となっている感じ・・・
そんな体験を得ることはよくあって、それがとても好きなのですが、
ヨガの最中は・・・けっこうひどいのです。情けない。

最近は、ヨガ中に「自分との戦い」みたいな感じになることがあったり、
逆に「ヨガをしているのに、自分に戦いをしいるなんて・・・」と、自分を甘やかしすぎる状況になったり・・・、なんとも未熟な感じなのです。

グレッグとのレッスンの翌日、ヨガマットの上に立って、あのストイックな 「ヘッドアップ!」 を意図し続けながら動くことをテーマにおきました。

しばらくして気づいたのですが、
その「集中」が逆に「自分のリズム」を守らせてくれたのです。

普段は「あんまりゆっくりやっていると、体力がもたないらしいから、ちょっと早めに・・・」
と、私としては、早めに動いていました。
そして、頭の中には雑念がいっぱいだったりするのです。

その日はあのシビアな「ヘッド アップ!」を意図することでいっぱいで、
「急ごう」とか雑念がいっぱいになる余裕がなかったのです。

そのおかげで、もしかしたら、ちょっと瞑想的な感じになっていたのかもしれません。
動きの中で、ひとつのアイデアと、ある身体的ポイント(頭)に意識がフォーカスされている。身体的意識としては、動きながら全体を感じてもいる。。。

*(ヘッドアップ!)の意図しているのは、たんに頭のことではなくて、
”頭が動いて、からだ全体がついていく”ということなので、頭にキーをおきつつも、からだ全体のことなのです。

自分の呼吸と、動きが”自分のリズム”にあわせて動き、
思考がある集中状態にあって、(でも”考える”というのとは違う。)
動きも以前より動きやすかったし、すっごく心地よかった。
心理的には、とても静かで、いつもより自分と一緒にいる感じがしました。

それで思い出したのが、登山の経験。
以前、数名の仲間で登山をしたとき、はじめは仲間のペースに合わせて登っていました。
遅れたくないし、迷惑かけたくないし、自分に負けたくないし・・・。
苦しくて、苦しくて、限界を感じながらも、必死についていこうとしました。
でも、あるとき「もういいや!!」という瞬間があったのです。
はっきりいって、ギブアップ。
でもそれは、すごくよいギブアップで、自分の執着を手放した瞬間でした。
今までしがみついていた「仲間と自分のスタンス」や「自分の能力との戦い」や「心理的な負担」を手放した。
で、自分のペースで歩き出したのです。

その”自分ぺース”の遅いことといったら!!笑えてしまうくらい、のろいのです。
「私はほんとにのろいんだなあ!」と自分で自分にあきれてしまうくらいでした。
多分、靴1個分くらいづつ、トテトテと歩き始めたのです。
登山というか、散歩のレベル。それより遅い?
だけれども、すっごく心地がよかったのです!で、一気に視野が開けて、周りの景色や足元の感覚を楽しめるようになって山を登りながら「たのしいなあ!!」と思ったのです。
そうしたら、どんどん楽しくなって、自分のリズムがうきうきしてきて、足取りが速くなって、今度は駆け出したくなった。

アレを思い出しました。

ヘッドアップを意図しながら、「私はやっぱりのろいなあ。でも、すごく気持ちがいい。」と感じていました。

でも、中盤から、やっぱり疲れてしまって、
その「ヘッド アップ」を意図する集中力もなくなり、
なんとか次のアーサナにとりかかろうとする、いつもの状態になってしまったのですが。。。

でも、よい経験でした。
そして、私はのろいんだった
ということを思い出すことができました。

ついつい、あれもこれもしなくちゃ、と思ってしまうけど、
しょうがない。ゆっくりするしかないし、それが私には良いはずだと信頼したい。




コメントを投稿